牧師室から
後宮イラスト

主任牧師 後宮敬(うしろく よしや)

 

   九月の末、教会の前を歩いているとなつかしい香りが漂ってきました。キンモクセイでした。きっと昨年も同じように香っていたのだろうと思いますが、今年は、一層際立った印象がありました。意識をすると、この赤坂にもいくつかキンモクセイが植生されていて、3日間ほどでしたが、いくつかの街角で、つかの間の香りのプレゼントを楽しみました。

 27才で牧会者として高知に出るまで京都で育ちました。京都の町を街を歩いていると、どこからともなくいい香りが漂っているのです。そのことで季節を意識をしました。不思議なことに春分の日にはジンチョウゲ、そして秋分の日にはキンモクセイの香りがしました。その期間はほんの数日ですが、臭覚という本能に近い感覚で季節の移ろいを感じるというのは貴重な経験だったと思っています。

 それからしばらくたって10月になりますと、もう少し強烈な香り…匂いといっても良いかもしれません。銀杏の木がぎんなんの実を落としています。匂いは強烈ですけれど、ぎんなんの実を使った美味しい料理の数々を思い出しながら歩くのも楽しいものです。
 季節は本格的な秋を迎えています。そして冬が来るのです。

 教会の季節では、これからクリスマスに向かって行きます。霊南坂教会もクリスマスに向けて、一人でも多くの方とクリスマスを共に祝うために教会内だけはなく、この地域に向けてもいろんな情報を発信を続けていきます。願わくは、それがキリストの良い香りを放つものでありますように。


井上イラスト

牧師 井上   創 (いのうえ はじめ)

 

   聖書の神は自分のことを「生きた神」だと宣言します。お供えをすれば、願いが叶う。悪いことをすれば、罰が当たる。コレをすれば、決まってアレが起こる。このようにシステム化してしまったのが「死んだ神」です。「生きた神」は、時に臨んで、愛を基に、対応を変えます。

 ストレスによって、神経や胃腸を病む人が増えています。理由の一つが、システム化された生活にあるようです。パソコンの決まったキーを押せば、決まった文字がスクリーンに現れる。スマホも同じです。誰かに決められた動作を繰り返している。コンビニや自動販売機。死んだ神に囲まれて、私たちは無意識に疲れていくのです。

 こういった病は、水と火によって癒されると聞いたことがあります。川の流れを眺めながら、パチパチと爆ぜる暖炉の火を眺めながら。その不定形な水と火が、型にはめられて凝り固まった心をほぐしていくのだとか。

 この国でも、囲炉裏の文化がありました。一日の終わりに、家族みんなで囲炉裏の周りで食事をし、お茶を飲み、昔語りをする。一日の疲れが、温かい火によって溶かされていく。

 教会でも夕方、一つの食卓を囲み、凝り固まった自分を柔らかくする礼拝を守っています。どうぞ、温まりにおいでください。


東イラスト

牧師 東  昌吾(あずま  しょうご)

 

   私たちは人生において様々な出会いを経験します。

 その経験の中で、人は自分自身とも出会っていくのだと思います。ただ、ゆっくり時間をかけて今まで出会ってきた人や、出会ってきた自分を見つめ直すと言うことは中々出来ません。

 教会は、ゆっくりと見つめ直すことが出来る場所だと思っています。自分との出会い直し、人との出会い直しをする場所でもあると思うのです。

 そのために教会は一人ひとりの存在を認める場所でありたいと思います。一人ひとりの思いは様々です。同じ教会の中にあっても苦手な人がいることも、劣等感を抱いてしまうこともあります。その様々な人が、自分が、「いる」ということを認めてくれる場所としての教会でありたいと願っています。

 ただ「いる」というだけでも良い、積極的に関わっても良いのです。その中で自分と出会い直し、新たな出会いが与えられるのだと思っています。


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